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カギは言葉だ。

The key is the word.

言葉というツールは悪用厳禁だ。

お金が持つ人によっていろいろな使われ方をするツールなのと同じように、言葉もそれ自体が悪いものではないが、使い方によっては武器になることもある。

世の中にお金持ちは少ないが、全員言葉持ちなのだから、世のためになる使い方をしたいものだ。

言葉は銃弾のように直接人の心を打ち落とすこともあれば、幼少期からのトラウマのように誰かの人生を縛り付け、部屋に閉じ込めてしまうこともある。

使う人に悪気はなく、良かれと思って使った言葉でも、環境、状況、本人のとらえ方で人生をどん底に落としもする。

例えば人にあなたの声はハスキーでかっこいいわね!と言われた時に

自分にとってそのハスキーな声があまり好きではないネガティブな要素だった場合

言った人はポジティブな話として伝えたつもりが、本人はそう思っていないとただただネガティブな要素をほじくられたような気持ちになる。

また、しっかりした女の子が先生に「あなたはしっかりしているからクラスのボスだね!」と言われ、みんなからボスと呼ばれるその女の子の気持ちは、本来先生が想像していなかったような悲しい現実だったりすることもある。

そんなこともあるので、悪意を持って伝えられた言葉の場合はさらに辛い気持ちになることが想像できる。

ただ、これには一応違うパターンも存在する。

人にたとえ悪意を持って言われた言葉だとしても自分自身がポジティブな要素と思っていることであれば、意外と傷つかなかったりする。

つまりここで取り上げたいのは、本人がどう思っているかによって人に言われた”言葉のスタンス”が変わる、ということだ。

これは悪意のあるなしに関わらず、人はただ言葉という球を投げたというだけで、投げられた球は受け取る側が勝手にストライクにしたり、ボールにしたりできるということだ。

言葉はただ言葉であって、良い、悪いは自分の今までの経験や思い込みによって作られている。

ただそれだけのことだ。

「鼻が高くていいわね~」とか「肌が白くてキレイね~」とか

言われているのは、鼻が高いことと肌が白いことだけで、

そこに伝えてきた人の気持ちは、いいとかキレイとかあるだろうが、それはその人の勝手な主観の話で

実は別に鼻が高い=よい、ではないし、肌が白い=キレイ、ということでもない。

もっと言うと、鼻が高くてよい=よい、ではないし、肌が白くてキレイ=キレイではない。

鼻が高くてよいと思っているのはその人だけかもしれないし、肌が白くてキレイと思っているのもその人だけかもしれない。

そう思えると、逆に何を言われても自分がよいと思う自分であればよく、他人は何かと比べてわたしの鼻が高いと判断し、その人は鼻が高いといいなぁと思っている人だ、ということを伝えられただけで、それを受け取ったわたしには特に何も起きない。

ここに気づいてくると、あれ??と思うことが増えてくる。

例えば、「勉強していい会社に入りなさい!」とか「人に迷惑をかけないように」とか

経験上それが自分で腑に落ちることであればそれはそれでよいのだけれど、

勉強していい会社に入ることは、今やそれがいい答えであるとは限らないし、人に迷惑をかけるなと言われつづけ、人に頼りたくても頼ることもできなくなってしまったりすることもある。

子供のころに言われ、そのまましつけや教育としてそう思って生きてきたというものは想像以上にたくさんある。

その時の親はそうやって生きてきたし、それが正しいと思い教育してくれたものだったり、全く悪気はなくむしろ良かれと思って言ってくれていた経験に基づく言葉だと思う。

また会社や人付き合いの中でも”こうした方がよい”と教わってきたものなんかもある。

これ、本当にそうなのだろうか??

と、一度、いや何度も疑ってみるといい。

時代が変われば正解は変わるし、そもそもその正解と思われ、言われてきた言葉は何が正解なのか?誰にとって正解なのか?

そんなことも考えないまま育ってきたわたしは完全に言葉でできた部屋に閉じ込められている。

子供のころから自然に触れてきた言葉だとなかなか気づくことができないこともあるのだけれど、

わたしは今、気づいている。

実はこの部屋のカギは開いているのだ。

この言葉の部屋には自分が勝手に入っているだけで、もう出ようと思えば出られるのだ。

というより、もともと出られるのだ。

ただ今まで閉じこもっていた部屋から出るのには相当勇気がいる。

部屋から出ずに生きてきたこの歳月が他人に見えている今のわたしを作り、わたしもそれがわたしなんだ、とそう思って生きてきたのだから。

今更違うわたしが「こっちが本当のわたしなの」と顔を出したら

あいつはなんか変わった!と言われるのでは?

とか、

嫌われるのでは?

とか思って何となく踏ん切りがつかず部屋から出ずにいる。

もはや飼いならされたオオカミ状態で、鎖につながれていなくてももう逃げることもしない。

鎖ついてないよ!

部屋のカギかかってないよ!!

誰かに嫌われる??

嫌われてから考えたらいいよ。

意外とみんな気にしてないよ。

こう思われるんじゃないかというマインドを、自分が、自分自身がその世界を作っているだけだ。

わたしを閉じ込めている部屋??

それは自分の頭で作った言葉の部屋だ。

自分をもっとかわいがろう

自分をもっと愛してあげよう。

カギは開いている。

わたしの心は自由だ。

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